明輝会登山 めざせ霧島高千穂峰

文責 川上秀一

 2011年1月22日の霧島新燃岳の噴火があってから途絶えていた法人登山を医事課女性職員の声に押されて再開しました。久々の登山は脚力の衰えを強く自覚するものでしたが、とても楽しい登山でした。私中心になりますが、写真とともに振り返ってみます。

 11月20日早朝4時に目が覚める。あと2時間は寝ようとするが、熟睡できず5時に起きて、自分が食べる弁当を作り始めた。登山中の昼食だから、腹が空くだろうと量の多い弁当になった。前日は遠足前気分でお菓子やドリンクを買い、久々に使う登山ザックに詰め込んだ。手袋を忘れる人がいるだろうと軍手10人分、防寒対策とてホッカイロ10人分も入れた。

 朝8時、内村川上内科駐車場にみんな集まっていた。挨拶をして5台の車に分乗した。私の車には、外来看護師山口さん、医事課川畑さん、田中さんの3人が乗った。私の車の中では昭和のラブソングを流し、4人楽しく高千穂河原をめざした。登山口に到着。皆登山スタイルに着替え、記念撮影。

 自動シャッターの操作がわからず、朝隈さんと田中さんがそれぞれ交代してシャッターを押してくれた。その写真が上。参加者13名。親子参加は朝隈さん。

 9時50分、出発。登山が初めての人が多いので、山のうんちくを話しながら登ろうと思ったが、5分も歩かないうちに息が弾んできて余裕がなくなった。

 10時30分、朝隈さん親子の写真を撮影。ふたりとも高千穂峰に登るのは初めてだそうだ。いい思い出を作って欲しいと思った。ところで、地面に注目。赤土の上を灰色の小石が覆っている。これは2011年の新燃岳噴火による火山灰である。風景がずいぶんと変わってしまったと感じた。

 10時30分、朝隈ジュニアから天使と呼ばれていた内田さん。赤土の斜面の下で余裕のガッツポーズ。

 11時6分。あと少しで赤斜面を登り切るというところで撮影。背後に馬ノ背が見える。心拍数は120くらいで数メートル登るたびに立ち止まってしまう。最後尾を懸命に登った。

 11時30分、先頭グループを撮影。中央の宮口さんが一番健脚らしい。疲れの表情を微塵も見せていない。

 11時36分、馬ノ背を歩く。ここにも新燃岳噴火の影響がある。小さな石ころが増えて、ずいぶんと歩きにくくなっている。それにしても天候には恵まれた。お鉢も全貌が見えた。ここの景色が素晴らしくて、今回の登山が実現したと言っても過言ではない。

 12時00分、馬ノ背を通り、最後の登りになる前に鳥居の前で朝隈親子の記念写真。後ろにきつい斜面を登る人達が写っている。

 12時39分、法人グループ最後尾でゴールした。嬉しくて思わずバンザイ!

 12時42分、天の逆鉾の前で記念写真。みんないい顔をしている。

 12時50分、昼食。皆持参した食料や飲み物を摂っている。ガスコンロを使って即席ラーメンを食べる新地さんは皆の羨望を受けていた。私はその隣でビールで乾杯して持参弁当を食べていた。3回目に缶ビールを飲もうとして、ビールが口の中に入ってきた瞬間、口の左下に激痛が走った。反射的にビールを吐き出した。缶ビールを覗き込むと、中に虫が見えた。家に帰ってから調べてわかったのだが、その虫はクロスズメバチであった。行楽地でよくジュースの缶の中に入ってくるハチだそうだ。話を戻すが、私が激痛に苦しみ、もしやアナフィラキシーショックになったらドクターヘリを呼んでくれと意気消沈していた。先に書いたように用意周到で来ていたのでリンデロンVG軟膏は持って来ていた。しかし、口腔内軟膏は持参してなかった。訊いてみるものである。落合さんが口腔内軟膏を持っていた。医療用ではなかったが、懇願して使わせてもらった。とても効いた。刻々と痛みが和らぐのがわかった。助かった。ドクターヘリ搬送されなくてよかった。

 13時20分、下山開始。

 15時9分、無事全員下山。高千穂河原で解散前の記念写真。

 今回の登山レポートはこれで終わりますが、次回は来年春、薩摩富士と呼ばれる開聞岳に登りたいと思います。明輝会職員の参加を期待します。

2016年11月29日レポート作成